2009年2月5日木曜日

厚生文教常任委員会 奈井江町・本別町を視察 1

平成 20年11 月26 日~28日   

 奈井江町・本別町を視察しました。

 奈井江町は「健康と福祉の町」を標榜しています。

 これに対応した町の施策展開並びにそれを行う体制について、特に健康づくり計画「すこやかプラン」の内容と立案から事業展開に至るまでの経緯を知りたい。また町立病院の開放病床システム、それに医療連携協定を結んでいる砂川市立病院との医療連携の内容について視察したい。との目的を持って奈井江町を訪問しました。

 本別町は認知症高齢者を地域で支える事業を展開しています。

この事業は、今全国で焦眉のこの課題に対するさきがけとなるもので、厚岸町にとり大変参考になると確信します。

また関連する部署機関が住民と一体になって一つの目的に邁進する体制・システムを視察したい。との目的を持って本別町を訪問しました。

 なお、事前の調査・資料収集をできる限り行いました。

 報告書は21年3月の厚岸町議会定例会に提出します。


2008年11月10日月曜日

目無ダルマ

近々、国政選挙もあるようです。選挙のたびに大きく報道されれる風景に、ダルマがあります。目のないダルマです。必勝祈願に片眼を入れて、当選すれば、もう一方を入れる。ごくごくふつうに行われている様です。 でも、この話を聞いて傷つく人が世の中にいることを、いったい何人が知っているんでしょう。当選しなかった事務所のダルマはどうなるんでしょう。

目の不自由な人にとって、目無ダルマの話はつらいものです。知っていれば出来ないことでも、知らなければ簡単に踏みつぶせます。 思いやるとは結局想像力だという言葉を思い出します。

また、選挙で目無ダルマが使われるでしょう。また当然のこととして報道されるでしょう。

こんな話は知らないままに

2008年10月5日日曜日

厚岸コミュニケーション障害の会

「厚岸コミュニケーション障害の会」を紹介します。
 私たちの会「厚岸コミュニケーション障害の会」は平成9年に厚岸視覚障害の会として、発足しました。
厚岸町内で視覚障碍者、目の不自由な人は、手帳交付を受けている人だけで四〇人を越えると聞きます。歳をとって目が不自由になってくる人を合わせると大変に多い数になるでしょう。
このように視力で不自由をしている人のために何か役に立つことが出来ないか、またお互いが情報交換をして助け合い、励まし合って行けたらとの願いから会の結成に踏み切りました。


その後、目だけでなく、耳、口の障害により、他人との意志の疎通、コミュニケーションに不自由している人も、皆入っていただき一緒にやっていこうと思い、名前も「厚岸コミュニケーション障害の会」と変え、現在に至っています。会員は十五名です。結成時からの経緯もあり、ほとんどの会員は目の障碍です。
耳の不自由な人も会員になってくれました。

 
 目が不自由ということは、目が全く見えない人(明暗も分からない人)から目が見えずらい人のすべてを含みます。
会員のAさんは、生まれつき目が不自由です。物の形はぼんやりとしか見えません、色も分かりません。はっきり物が見えるという世界は知りません。またBさんは、全く見えません、今は明るい暗いも分かりません。でもBさんは高校生の頃までは普通に見えていたそうです。それがだんだん視力が落ちて、今は全く光も明かりも感じることが出来なくなりました。


このように一口に視覚障碍といっても、一人ひとり皆その世界が違います。耳が不自由と言うのも同じです。音が全く聞こえない人、聞こえづらい人、一定の高さの音だけ聞こえない人、それぞれの人に合わせた支援が必要ですし、それぞれの状態に合わせた用具が必要になります。
ただ、このように一人ひとりが違うからといってバラバラになっていては何も出来ない。お互いが手をつなぐこと、そして全く一人で孤独の中にいる人を、仲間に入れて助け合っていくことが大事だと思います。


「中途失明」という言葉をご存じでしょうか。
今までごくごく普通に暮らしていた人が、あるときから病気や事故で目が見えなくなる。糖尿病や交通事故などでは、突然そのような事になります。
そんな時、人は生きていく力を失いかねません。すっかりふさぎ込んでいる人に、いわゆる五体満足な人が、元気出しなさいといっても、ほっといてくれといわれるのが落ちです。でも、同じ境遇にあって、同じ、辛い思いをしている中から、立ち上がり、自立してきた人が、「自分はこうやって、生きてきた」「あんただって出来る」、「あきらめるな」「こんな道具を使えば、こんな事が出来る」「こういう訓練を受ければこんな事までやれるようになる」「私はこうやって、頑張って、今こんな仕事をして生きている」、「もう一度頑張ろう」、と言えば聞いてもらえるのではないか。
こんな形で手助けが出来るのは、そのための仕事が出来るのは私たちでないか、皆で会を作って、少しでも、そんな人のために役立てたら、・・・・
それが私たちの願いです。


 私たちの会の活動としては、目、耳、口の不自由な人の相談に乗り、用具や指導機関の情報を提供する、ここに相談すると好いよと助言する。
また、毎年の行事としては、皆が楽しみにしている新年会、研修一泊旅行、札幌などで行われるノーマライゼーション用具展示会への参加などがあります。これは役場や社協で車を手配してくれます。
これからの活動予定としては、
福祉課や社協の人達との懇談会などを通じてもっと仲良くなり、私たちの思いを、もっとを分かって貰いたい。特に保健師さんと肩肘の張らない話がしたいと思っています。
ところで、私たちの会は誰でも入会できます。特別の参加資格はありません。

障碍者も健常者も区別しません。


この会の趣旨に賛同される方の入会をお待ちしています。


 

2008年9月27日土曜日

地域リハビリ 

「地域におけるリハビリの役割」(PDF)
地域医療研究会の久米正志氏(厚岸町立病院 理学療法室技師長)の文章です。
この度、厚岸町は、町立病院が訪問リハビリを行う体制を作りました。 地域リハビリの充実を図っています。
「地域医療」にはいろいろな考え方がありますが、私は、医療関係者、行政、地域住民それぞれの役割を明確にした体制の構築が大事と考えます。
その意味でもおすすめの一文です。

第3回定例会 一般質問

平成 20年9 月30 日 平成20年第3回定例会一般質問の項目です。

1 防災について

 (1) 今回の「防災訓練」の内容と成果及び今後の課題。

 (2) 避難訓練以外の防災訓練。

 (3) 災害時の行政・医療施設の湖南北偏在対策。

 (4) 行政と住民の役割分担。

 (5) 湖北地区、特に真栄、宮園地域の避難路の確保。

 (6) 19年11月に立ち上げた検討会議における今日までの検討内容及び支援プラン作成の進捗状況

資料請求    避難訓練参加者の状況一覧

  (1)(2)は 地域住民の2・5%しか参加しなかった今回の避難訓練の問題と今後に向けての課題を指摘しました。

  (3)(4)は橋が使用不能の時、役場・医療機関は湖北、消防は湖南と分断される中での対策を聞きました。

  (5)は 真栄・宮園地区は、鉄道線路、鉄道用地に張り巡らされたフェンスにより、高台への避難が困難になっています。この問題を取り上げました。

  (6)は 災害時要支援者対策を中心としたプラン策定のため、検討会議が立ち上げられていますが、その後なんの動きも見えないので、お聞きしました。

2 「まちづくり地域懇談会」のについて

 (1) 「まちづくり地域懇談会」の概要

 (2) 「まちづくり地域懇談会」において出された町民要望の主な内容。

 (3) 「まちづくり地域懇談会」において出された町民要望は今後の施策展開の中で、どのように生かされ具体化されていくのか。

 (4) 今後の課題。

資料請求   「まちづくり地域懇談会」参加者の状況一覧

 「まちづくり地域懇談会」に それなりの意義は認めるられるものの 参加者が町民の3%という現実の前でどう考えるのか、町の見解をただしました。  

2008年9月17日水曜日

井上耕介先生の殉難

井上耕介先生は釧路税務署に属官として勤務当時税法の改正があり これが実施急務の令伝達の命を受け 明治四十一年三月六日 釧路より厚岸へ向かう途中 片無去駅亭百㍍余の前方に於いて 大吹雪のため遭難されました
先生は その命の迫るや樹木の枝に脚絆を目印として取付け 重要書類鞄を着衣の外套で包み その上に伏臥 遂に難に殉ぜられました
税務官吏としての職責を死をもって果たされましたその 崇高なる責任感に 当時の札幌税務監督局長吉田平吾氏は自ら撰筆 慰霊の悼文を刻記されています 全道税務官吏を始め同関係者の努力 更に地元太田兵村の挙村の協力により 大正二年遭難の地に 殉難慰霊碑が建立されました
爾来 祭祀今日に至っております
先生の偉績を敬仰追慕の士相集い 本会を結成 斎場維持に務めております 
慰霊祭は毎年秋に執行致しております

     井上耕介先生奉讃会

井上耕介先生慰霊祭案内

謹啓 不順な気候の夏も過ぎ 突き抜ける蒼空に片雲の
浮かぶ好季節となりました折柄
益々の御健勝をお慶び申し上げます
つきましては
井上耕介先生殉難慰霊祭を 左記に従い執り行いたいと
存じます
尚 本年は先生没後百年にあたります
時節柄御多繁のおり 誠におそれいりますが 

御臨席下さいますよう 謹んで御案内申し上げます   

                             敬 具


  平成二〇年九月  
                         井上耕介先生奉讃会
                   名誉会長 厚岸町長 若狹 靖
                           会 長  室崎正之


  記
日 時 平成二〇年一〇月一〇日(金曜日) 
    午後一時三〇分
場 所 井上耕介先生殉難慰霊斎場(厚岸町片無去)
     雨天の際は太田公民館にて執り行います

    尚 祭事終了後は引続き会場にて直会の儀を 
    行いたいと存じますので 御案内申し上げます
     斎場までの道路には指導標を設置しております
    慰霊祭についての御連絡御照会は
    副会長 池田治 にお願い申し上げます
       (〇一五三・五二・五一六七 池田税理士事務所) 

井上耕介先生が亡くなられて 今年で百年になります
没後百年を期して 何か記念事業をと考えておりましたが
現地斎場に桜の植樹を思いつきました
北海道新聞社から寄贈を受けた苗木と合わせ五十本の桜の苗木を植えました
今年の五月十八日です
来年はちらほら花をつけるかもしれません
この若木が大きく育ち 爛漫と咲き誇り 先生の遺徳を後世に伝えるその様を 一同夢見ています
尚 慰霊碑や斎場の玉垣も 度重なる地震等により 随分傷みが激しく危険な状態になりました それで先年 抜本的補修を致しました 面目を一新しております 
植樹当日の写真を同封いたします ご覧下さい